メルボルンという街は散歩するのに向いている。
碁盤の目のように規則正しく並んだ通りと、つい寄り道したくなるたくさんの路地。
サザンクロス駅から歩いて10分ほどのシティ中心部に「Patricia Coffee Brewers」はある。
ふと見ると人だかりがあり、よく見るとそれはコーヒーショップから溢れでる人だった。
2011年にオープンしたこのお店を営むのは、Bowenさん。
とてもシンプルにコーヒーだけを提供し、豆の卸販売もしない、店舗の拡大もしない、彼のスタイルはメルボルンのコーヒーシーンでも稀有な存在だ。
飲食店でのコーヒー消費量が多く、コーヒーブレイクが生活の一部となっているメルボルンでは、カフェという存在自体が「商品」として扱われることが珍しくない。
カフェを立ち上げ、センスのあるインテリアを施し、才能のあるバリスタやシェフを雇ってコピーのできない空間を作る。その後に他の誰かにカフェ自体を販売する。「カフェ」というものが一つの作品となるケースが多く見られるのだ。ブランド化して価値を築けばコーヒー豆を他の飲食店に卸したり、マーケットで販売したり、単なるロースターやコーヒーショップという枠を超えた可能性があるのがメルボルンのコーヒーシーンの姿である。
そんな中で、敢えて「コーヒーショップ」という形を貫く彼の思想はシンプルであった。
「僕は自分たちのコーヒーを自分たちで伝えたいんだ。それに、週末に家族と過ごす時間が大切だからこの1店舗でちょうどいい。」
オープンから8年以上経つ今も、彼はだいたい店にいるという。「多くのお客さんは僕にとっては友達なんだよ。」という彼の言葉通り、取材中も彼に声を掛ける人があとを絶たなかった。
一方で、長年メルボルンでバリスタとして働く者も「Patriciaのバーに立つのは緊張する。」と声を揃えるほど、Bowenさんが1杯のコーヒーにかける想いは強い。人が溢れ、オーダーが飛び交うお昼過ぎにもこのお店のバーの中は美しい。コーヒーやミルクの汚れや染みはどこにもないし、お客さんとの会話を楽しむバリスタの手元は美しく動き続け、きめの細かいシルクのようなラテや、丁寧に抽出されたフィルターコーヒーが次々にお客さんの元に届けられる。
「せっかく東京に行くなら、誰よりも美味しいコーヒーをたくさんの人に飲んで欲しいね!」と、日本で初めて彼のコーヒーを紹介する場所として TOKYO COFFEE FESTIVAL を選んでくれた。